2006.01.13

入院中から退院後にかけて読んだ『疾走』の雑感

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入院中に友人から、重松清氏の『疾走』という小説をもらいました。序盤は淡々と日常が進んでいくのですが、ある出来事をきっかけに主人公の少年の日常は破綻していきます。それでも少年は走ろうとします。普段なら絶対に読んでないか、もしくは途中で読むのを止めている類の本です。それぐらい重たい話でした。入院していたからこそ最後まで読む気になったのだと思います。

僕も主人公の少年の様に走りたいです。まだ、首の怪我は完全に治ってないので、走る事が出来ません。ましてや、バイクに乗る事など更に出来ません。自分は、バイクに乗る事しか虚しさを埋める手段を持ち合わせていないので、ちょいと今の状況は辛いです。神父が少年に「死なない人はいません」と語ります。死というものは誰にでも訪れるものなのですが…。

なぜ死ねなかった。

なぜだ-。

なぜ、ひとは生きなければならない?

なぜ、ひとは生まれてきた?

幸せになるためにひとは生まれ、生きていくというのなら-その「幸せ」の形をみせてくれ。

少年の心の叫び(?)が、自分の心にも響きます。僕は周りの人達に感謝して生きているつもりでしたが、どうやら内心では『自分は一人で生きて生きていけるんだ』と思い上がっていた様です。少年の犯してしまった罪はともかく、絶望的な状況の中、会いたい人のため、自分のことを決して忘れてほしくない人のために走り続けた少年は、少なくとも僕よりも鍛えられた人間だと思います。

明日は今年初めての通院で、骨折の治り具合次第では首につけているコルセットが取れます。そうなれば、バイクはまだ無理ですが、自分の足で走る事は出来ると思います。転んでもいいから、思いっきり走りたい。「幸せ」の片鱗だけでも見えたら御の字です。

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